信濃・松本城 #2

天守から月見櫓を。
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松本城は、石川数正による築城。
数正は、家康に古くから仕える側近中の側近のひとり。
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しかし、小牧・長久手の戦いの後、ライバルである秀吉に仕えるようになります。
家康側を離れた理由は諸説あって、はっきり分かっていません。
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秀吉の全国平定後、家康が関東に移封されると、数正は抑えとして信州松本の地を任されることになり、この秀麗な天守を築きました。
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二代目の石川康長は、また一転、関ヶ原の戦いでは家康側に戻ります。
このため、松本はそのまま安堵。
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しかし、結局は取りつぶしとなり、以後は譜代・親藩の治めるところに。
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月見櫓は、後に松平家の時代に、将軍家光を城に迎えるにあたって増築したもの。
石川数正が築いた戦の城に、風流のための月見櫓が合わさったことで、この天守はいっそうの魅力を増したと思います。